広い土間で、爪を研いでいるキジ白猫さんがいます。
なかなかに凛々しい顔立ちです。
それもそのはず、名前は「との」。
じいやばあや(飼い主ご夫妻)から手厚くお世話をされている14歳の殿さまです。
とのの住まいは、北総の小江戸と呼ばれる水郷の町。ご両親の代まで酒屋をなさっていた河岸の商家は、なんと明治29年に建てられたものだそう。
「小腹がすいた」
「遊び相手をせい」
「眠くなった、少し横になる」などなど、何でも聞いてもらえるいいご身分ですが......。
「私たちをじいやばあやにしている『との』ですが、出生は庶民。ノラから生まれた子なんですよ」と、奥さんは笑います。
14~5年前のこと。当時、奥さんの勤めていた保育所に、一匹のガリガリのメス猫がさ迷い込みました。奥さんは退職間近でしたが、ついついご飯を。
そして、「一度ご飯をあげたら、飼わなくちゃ」と、同僚一同からの「退職祝い」としてそのノラを贈られ、退職時に連れ帰ったのでした。
「ほどなく4匹の子を産んだんです。『との、ひめ、わか、さくら』と名付け、長女がとりわけ可愛がっていた『との』を残して、3匹は近くの商家や知り合いにもらわれていきました」
当時の家族写真。との母さんも、とのも参加の、とってもいい家族写真ですね!
大きくなっても、とのは、母さんが亡くなるまで甘えて暮らしていたそうです。
若い頃は「若殿」とも呼ばれていましたが、今は、「バカ殿」と呼ばれることも、たまにあるのですって。
ふすま破りを楽しんだときとか(覚えがないとしらばくれていますが)。
ご領地内でイモリ狩りをして持ち帰ったときとか。
とのは、水天宮のある内庭に面した縁側に専用出入口を持っていて、毎日ご領地見回りに出かけるのが日課です。
とのがお忍びで行く猫道は「殿道」と呼ばれています。
「ついてまいれ」と、とのに誘われました。
お酒を蔵から出し入れしていた、商家時代の名残のトロッコ道を横ぎり、建物と建物の間に「殿道」はありました。
若い頃は、橋を渡って川向かいの歯科医院の庭まで木登りを楽しみに出張っていたそうですが、今はこの殿道往来だけ。これなら、危険はありませんね。
先を行くとのが、殿道の曲がり角で待っていてくれます。
体を斜めにしてついていくと......そこにあるのは泥棒除けの鉄条網。この先はお隣の庭先だし、これ以上はお供できません。
「なんじゃ、ついてまいらぬのか」と、とのはいささか不服そう。
帰還したとのは、ばあやに、トントントンと腰を叩いてもらいます。
そして、一番お気に入りの座である、じいやのお膝へ。
何とも優雅な一日がまったりと過ぎていくのでした。
「今日は楽しかった。夏になったら一緒にヤモリ狩りをしよう」
と、言われたような気がしましたが、いやいや、との、お庭散策のお供だけで十分でございます。どうぞ、じいやばあや共々いつまでもお達者で。
「道ばた猫日記」から書籍が生まれました。

『
猫は奇跡』
"ふつうの猫"たちが起こした奇跡の実話17選

『
猫との約束』
猫は人生にドラマを運んでくる。ささやかでも、至福のドラマを

『
寄りそう猫』
しあわせは猫の隣り。心温まる17の実話。

『
猫だって......。』
ふつうの猫たちが語る、22の愛情物語。

『
里山の子、さっちゃん』
動物たちはやさしく、気高い。助け合い、ともに生きる猫たちの物語。

『
しあわせになった猫 しあわせをくれた猫』
フェリシモ猫部の心温まるブログ、完全版として待望の書籍化!

『
いつもそばにいる猫』
描き下ろし猫スタンプが登場。猫たちがあなたのトークルームに寄り添います!
写真
道ばた猫日記ライター紹介
佐竹 茉莉子(さたけまりこ)
フリーランスのライター。路地や漁村歩きが好き。町々で出会った猫たちと寄り添う人たちとの物語を文と写真で発信している。写真は自己流。著書に『猫との約束』『寄りそう猫』『猫だって……。』『里山の子、さっちゃん』など。朝日新聞WEBサイトsippoにて「猫のいる風景」、辰巳出版WEBサイト「コレカラ」にて「保護犬たちの物語」を連載中。
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