※本記事には、怪我などの描写が含まれます。苦手な方はご注意ください(猫を取り巻く現状のひとつとしてお伝えするため、原文のまま掲載をしております)。
いっちゃんこと「一実(いちみ)」ちゃんは、聡明そうな金色の目をした雌猫さんですが、年齢は不詳です。5~7歳、いや、もしかしたら10歳近いのかもしれません。
後ろ脚が外側に曲がっていて、歩くとき、よたよたします。
怖いものは、キャリーに入れられることと、頭の上に人間の手が伸びてくること。
このおうちに来て1年と3カ月たちました。玲子お母さんの手はもう怖くありませんが、知らない人の手はまだ怖い。
いっちゃんは、それはそれは酷い虐待を受けた子なのです。
2年前の7月。埼玉県のJR西川口駅のコインロッカーから猫の鳴き声を聞きつけた駅員さんが、ロッカーに遺棄されて息も絶え絶えの黒猫を発見し、警察に通報。
猫は、ガリガリで衰弱し、とても酷い虐待を受けていました。お腹には幾つもタバコの火を押しあてられたヤケド、爪は何本か引き抜かれ、蹴られたためか脚は大きく歪んでヨロヨロでした。
鬼畜の仕業としか言いようがありません。警察が構内の監視カメラを調べたり、目撃者探しをするも、犯人にはたどりつきませんでした。
その間、黒猫は保健所に収容されて、手当を受けていました。収容番号が13番だったので、「一実」と名付けられたのでした。
捜査のため保健所から引き出せずにいたいっちゃんを、事件の3か月後に引き出したのは、「彩の猫」という埼玉県南部を保護活動の拠点とする一般社団法人。そこからはるばる、預かりボランテイアをしている玲子さんが住む千葉県のおうちにやってきました。
「やってきたばかりのいっちゃんは、手を伸ばしただけで怖がりました。通院のためにキャリーケースに入れて、出し入れのために手を入れると、ものすごくパニくり、のたうってガタガタ震えだすんです」
ケージの中に押し込められてタバコの虐待を受けたためと思われます。どれほどの恐怖と痛みと絶望だったでしょうか。
それでも、玲子さんが「もう安心だよ」と言い聞かせながら、やさしくやさしく接するうちに、いっちゃんは少しずつ少しずつ心を開いてくれました。
最初は階下で暮らしていたのですが、先住保護猫の「シャ~」の洗礼におびえるので、2階の真ん中の広々とした部屋がいっちゃん専用部屋になりました。
ベッドにはジャンプして上れます。下りるときは転がり落ちるので、下にクッションを敷いてあります。
隣の部屋には、多頭飼育壊現場から保護された預かり子猫兄妹がいました。いっちゃんは、子猫の部屋が気になって、気になって。「入れていれて」とせがむので、ときどき子猫部屋に入れてやることに。
子猫たちに譲渡先が決まり、「ミア」ちゃんだけになったとき、玲子さんは子猫部屋のドアを開きっぱなしとし、いっちゃんとミアちゃんを同居させることにしました。
元気があり余って、いっちゃんに飛びつくミアちゃん。でも、いっちゃんも猫キックと甘噛みで応戦。
「いっちゃんが甘えるミアを舐めてやったり添い寝してやる様子は、まるでお母さんのようでした。やんちゃなミアに鍛えられて、いっちゃんはどんどんイキイキして元気になっていったんです」と、玲子さん。
なんと、いっちゃん、おもちゃを咥えて運ぶ母猫の動作も。
いっちゃんは、彩の国からの預かり猫としてここにやってきたのでしたが、やってきてまもなく玲子さんが「もう譲渡先は探さずにうちの子に」と決めた子です。
ミアちゃんは、譲渡会に参加し、猫と暮らすのは初めてのご家族の男の子にとても気に入られ、ここを卒業していく日が決まりました。
取材の5月1日は、卒業の3日前。くっついてウトウトするミアちゃんを見守るようないっちゃん。
ここでいっちゃんと過ごした日々の記憶はなくなったとしても、たっぷりと人間や大人猫に愛された記憶は、ミアちゃんのこれからのしあわせ感の一部として、きっと残ることでしょう。
「ミアはすぐに新しいおうちになじむでしょう。いっちゃんはしばらく寂しくなるね。でも、また、気の合う子猫の面倒を見てもらうからね」
そう、玲子さんは、個人での猫の保護歴かれこれ10年。これまで何匹も何匹も保護しては送り出し、しあわせにしてきました。県は違えど、その活動に共鳴した「彩の猫」からの保護猫預かりもしています。
重い障害を持った子や、外では暮らせないやさしすぎる性格の大猫など、譲渡せず家猫として残した子はいっちゃんを含め現在8匹。ご近所さんのワケアリ居候庭猫もいます。
今年一月、98歳の母と100歳の義母を続けて見送った後は、ミルクボランティアも始めました。
70代初めの玲子さんがこんなに精力的に活動できるのは、「どの子もしあわせになってほしい」という強い思いと、だんなさまの理解と、近くに住む次男の妻・美帆さんの強力な手助けがあるから。
1階和室には、ただいま、仔猫が7匹! 多頭崩壊現場や公園遺棄など3つの現場からやってきた子たちです。
この子たちがもう少し大きくなったら、また、いっちゃん先生に保育依頼が回ってくるでしょう。いっちゃんは、もう玲子さんや美帆さんの同志ですね!
「いっちゃんは、壮絶な虐待を受け、心身に深い傷を負ったけれど、我が家で一日でも長く、幸せを感じる日々をのんびりと過ごしてもらいたい」と、玲子さんは願っています。
譲渡先で、男の子とすっかり仲良くなり、元気いっぱいに遊んでいるミアちゃんの今も、近々当ブログで紹介する予定です。一階組の個性あふれるワケアリ面々のお話もそのうちに。
※いっちゃんがどんな虐待を受けたかは、ありのままに書きました。いっちゃんの苦しみを少しでもわかっていただきたかったからです。そして、それを救う人たちの奮闘も。猫の虐待も遺棄も、犯罪です。見かけた方は迷わず警察に通報してください。
「道ばた猫日記」から書籍が生まれました。

『
猫は奇跡』
"ふつうの猫"たちが起こした奇跡の実話17選

『
猫との約束』
猫は人生にドラマを運んでくる。ささやかでも、至福のドラマを

『
寄りそう猫』
しあわせは猫の隣り。心温まる17の実話。

『
猫だって......。』
ふつうの猫たちが語る、22の愛情物語。

『
里山の子、さっちゃん』
動物たちはやさしく、気高い。助け合い、ともに生きる猫たちの物語。

『
しあわせになった猫 しあわせをくれた猫』
フェリシモ猫部の心温まるブログ、完全版として待望の書籍化!

『
いつもそばにいる猫』
描き下ろし猫スタンプが登場。猫たちがあなたのトークルームに寄り添います!
写真
道ばた猫日記ライター紹介
佐竹 茉莉子(さたけまりこ)
フリーランスのライター。路地や漁村歩きが好き。町々で出会った猫たちと寄り添う人たちとの物語を文と写真で発信している。写真は自己流。著書に『猫との約束』『寄りそう猫』『猫だって……。』『里山の子、さっちゃん』など。朝日新聞WEBサイトsippoにて「猫のいる風景」、辰巳出版WEBサイト「コレカラ」にて「保護犬たちの物語」を連載中。
Instagram
なんということでしょう…(T_T)
何の罪もない動物に…!
もう言葉もありません。
怒りと申し訳なさで涙が止まりません。
他の先進国のような法改正とアニマルポリスやシェルター整備などの施策を強く強く望みます。
彩の猫さん、玲子さん、ほんとうにありがとうございます!
いっちゃんが、たくさんたくさん幸せになれますように心からお祈りしています。
by ぴっころ 2025-05-13 14:54
生き物への虐待は信じられないことだが、現に起きている実態は悲しい。それにしても、玲子さん他の手厚い介護があったからこそとは言え、そのつらさを乗り越えて再起した一実ちゃんも凄い。すっかり穏やかになったその顔には、優しい性格が滲み出ている。これからは、お世話になった人達はもとより、後輩の猫達にも恩返しをしてゆくことだろう。
by Y.M 2025-05-13 15:01
いっちゃーーん!涙が止まらないよ。
抱きしめて、「辛かったね。もう大丈夫だよ」と、沢山撫でてあげたい……
私の娘の家の猫さんと同じ、金色の眼をした黒猫さん。これからは、人は優しいとずっと思えます!いっぱい食べて、ゆったり眠って、猫同士で遊んで、元気に過ごしてね。
by ちぃ 2025-05-13 17:19
許せない!
動物に対し虐待などあってはなりません。玲子さんの暖かいおててで心のアップデータをしてほしいです。
出産歴もあるかもしれないし、ミアちゃんに何かを感じ取ったのかも。
これからの猫生穏やかに過ごしてほしいです。
by ヤンヤン 2025-05-15 06:54