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[猫ブログ] いろいろな連載と、ときどきお知らせ。

ネコノミストの研究室

2016年11月01日

猫の「しあわせな暮らし」を実現する手法「環境エンリッチメント」 実践編

ネコノミストの北洋祐です。

今回の「ネコノミストの研究室」のテーマは、前回に引き続き「飼い猫の環境エンリッチメント」です。

前回のあらすじ

うちの猫って「しあわせ」なの?もっと楽しく暮らせるようにするにはどうしたら?

こんな、猫を飼う人にとっての永遠の悩みについて解決の糸口を探るため、我々は天王寺動物園にやってきた。

動物園では、飼育動物の「しあわせな暮らし」を実現するための方法が長らく模索されていて、その方法は「環境エンリッチメント」と呼ばれている。

環境エンリッチメントとはすなわち、「人間の飼育下にある動物が、可能なかぎり心身ともに健康でしあわせに暮らせるように、飼育環境をデザインしたり工夫を加えたりする手法」のこと。

我々は、専門家の落合さんに動物園を案内してもらい、環境エンリッチメントの具体的な事例について楽しく解説してもらったのであった。
前回の記事はこちらをご覧ください

このように、前回は環境エンリッチメントの具体的な事例を中心に紹介させていただきました。今回は「実践編」として、家庭で猫の環境エンリッチメントに取り組む際のポイントについて、落合さんと一緒に考えていきたいと思います。

20161101 (2).jpg 猫をもっと「しあわせ」にするにはどうしたら?



  落合さん、今回もよろしくお願いします。今回は、環境エンリッチメントの方法論のようなところや、家庭で猫の環境エンリッチメントを行う場合にはどうしたらいいか、というところについて教えていただきたいのですが。

落合 もちろん、お話ししましょう。ええと、どこから話を始めるとよいですかね。

  じゃあ、まず「なぜ環境エンリッチメントが必要なのか」というところからお願いします。

20161101 (3).jpg 落合知美さん。日本では数少ない環境エンリッチメントの研究者。京都大学霊長類研究所研究員などを経て、現在は武庫川女子大学勤務。市民ZOOネットワークの創設者、理事。


なんで環境エンリッチメントが必要なの?


落合 それはですね、簡単に言えば、人間に飼育されているという環境が、動物にとって単調で退屈なものになりやすい傾向があるからです。

だから、環境エンリッチメントによって生活に変化をつけ、適度な刺激を与えてあげることが、動物福祉の向上、つまり、動物の「しあわせな暮らし」の実現に繋がる。これが環境エンリッチメントの基本的な考え方です。

20161101 (4).jpg
オモチャで遊ぶのも環境エンリッチメントの1つ

  なるほど。確かに、動物園だと大きな動物を限られたスペースで飼わないといけないですし、生活が単調なものになりやすいというのは分かる気がします。じゃあ「飼い猫」に関してはどうなんでしょう。家の中は、動物園の施設に比べたら広いですし、生活環境に変化もありますよね?

落合 広さよりも、その環境の中身ですね。飼い猫にも必要な刺激があるんです。それに、人間が考える「刺激」と、猫が必要とする「刺激」はけっこう違っていることが多いんですよ。

例えば、猫は鼻がとても良い生き物で、「匂い」の刺激は猫にとってすごく重要なんですが、普通の家の中では匂いの変化ってあまりないですよね。

他にも、「音」の変化とか、「湿度」の変化、地面のでこぼこのような「触覚」の刺激とかも同じことが言えます。人間は普段「目」からの視覚的な情報に頼っている割合が高いので、これら視覚以外の刺激が猫にとって大事だということが、感覚的にはわかりにくいものなんです。

そういった意味で、「飼い猫」にも環境エンリッチメントの考え方を活かす余地は大きいと思いますよ。

  匂いや触覚ですか、確かに家のなかだとそのあたりの変化は少ないですね。他にも猫にとって重要な刺激ってあるんでしょうか?


環境エンリッチメントの種類



落合 もちろんあります。じゃあ、せっかくなので環境エンリッチメントの「種類」についても紹介してみましょうか。

  お願いします!

落合 環境エンリッチメントは、5つに分類されることが多いです。「採食」、「社会」、「認知」、「感覚」、「空間」の5つですね。ああ、でもこれを全部解説してるとすごく長くなっちゃうと思いますよ。

  じゃあ、私がお話を聞いて、簡単な表にまとめてみます。

落合 いいですね。じゃあ、それでいきましょう。

・・・・・・・(中略)

  こんな感じでどうでしょう。

20161101 (5).jpg

落合 いいですね。

  ありがとうございます。こう見ると、環境エンリッチメントにもかなり色々な種類がありますねえ。しかも、なんだか重複してるところもありませんか?例えば、「採食」のところにある「エサの与え方を工夫する」のは、「認知」の要素もありそうですよね。

落合 そうなんです。この5つは、実は厳密な分類方法ではなくて、あくまで環境エンリッチメントを構成する「要素」を挙げたものなんです。

これは、環境エンリッチメントの具体的な工夫を考える際のヒントとしても使えるようになっているんですよ。例えば、「最近は"採食"の環境エンリッチメントばかりやっているから、今日は"感覚"の要素も入れてみよう」とか。

  なるほど。環境エンリッチメントというのは、何から何まで実践的ですね。面白い。

20161101 (6).jpg 古くなったシーツをあげたら巣のようにして使っている。
これも「空間」の環境エンリッチメントなんでしょうか




環境エンリッチメントをやってみよう


  ではいよいよ、環境エンリッチメントの方法論について伺っていきたいと思います。環境エンリッチメントって、どうやって始めたらいいのですか?

落合 環境エンリッチメントの基本は「試行錯誤」ですので、とりあえずやってみることですね。先ほどの5つの要素をヒントに、動物が喜びそうなことを考えて、実際にやってみて、その効果を検証して、効果がなければ止めるし、効果があるならさらに改善を目指す。そのようにして少しずつ、それぞれの動物に適した環境エンリッチメントのあり方がわかってくる。

  おお、わかりやすいですね。とにかくやってみる、と。 でも、「効果がある」とか「効果がない」というのは、どうやって判断したらいいのでしょう。動物が口をきいてくれるわけではないですし。

落合 そうです。そこがまさに、環境エンリッチメントの「肝(きも)」だと言えます。環境エンリッチメントが科学的な手法であるためには、効果を客観的に測定する必要があります。

  そのあたり、少し詳しく伺いたいです。どうやって効果を測定するんですか?

落合 動物園の場合だと、「動物の行動を詳しく観察して、野生での行動と比較する」という方法をとったりします。例えば、何らかの環境エンリッチメントの工夫によって、その動物が野生の状態に近い行動をとるようになれば、その工夫は「効果があった」と判断するわけです。

  天王寺動物園で見た、クロサイが葉っぱを枝から摘み取って食べるような行動ですね。

落合 そうです。その通り。

  なるほど。「野生の状態」を一つの理想として、色々な工夫によってその状態に近づけていく、という考え方なんですね。でも、それって「飼い猫」に当てはめるのはけっこう難しそう。飼い猫は、ヤマネコみたいな野生の猫とはやっぱり違いますし、だとすると、「じゃあ飼い猫にとっての"理想の状態"って何なんだ」、という話になりますよね。

落合 そうですね。確かに、猫や犬のように人と暮らした歴史が長い動物は、その歴史のなかで性格や習性が変わってきているので、環境エンリッチメントの目標が定めにくいというところはあるかもしれません。

ただ、ネコ科の動物は基本的な習性が共通しているので、他のネコ科動物を目安にすることができます。

それに、なにも「理想の状態」みたいなものを掲げなくても、目に見える問題を改善していく、ということも環境エンリッチメントの大事な目的なので、まずはそこからやってみるのがよいと思いますよ。

例えば、「運動量が少ない」というのは多くの飼い猫に共通する問題ですから、たくさん運動できるような工夫をするとか。これなら効果の測定も簡単ですよね。

  なるほど。あまり最初から難しく考えないほうがよさそうですね。

20161101 (7).jpg
風が通るようにして外の匂いや音を部屋に入れる

落合 あとは、人がしっかり「観察」をして、猫の変化を見つけることが大切です。例えば、猫はそのときの感情によって鳴き声がかわりますし、耳の方向、尻尾の動きや太さ、体の緊張具合や鼻周りの動きなどから、驚くほどの情報を得ることができます。

猫が発するそれらの「サイン」を見つけることができれば、環境エンリッチメントの効果測定にも使えますよ。「喜びのサインが多く観察できたから、この工夫は効果があったんだな」とか。

これらのサインは、よく観察しないとわからないようなものなので、普段一緒に生活をしていても気づかなかったりするんですが、環境エンリッチメントに取り組んで注意深く変化を観察していると、だんだんとわかるようになってきます。

そうすると、飼い猫とのコミュニケーションがとりやすくなってもっと仲良くなれますし、一石二鳥です!


環境エンリッチメントに取り組む際のポイント


  ありがとうございます。これまでのお話で、環境エンリッチメントについてかなり理解が進んだような気がします。環境エンリッチメントってほんとうに面白いですね。わが家でも実際にやってみたいんですが、なにか「これだけは気をつけておけ」みたいなポイントはありますか?

落合 そうですねえ。一つは、「いきなり大きな変化を起こすことなかれ」ということでしょうか。

環境エンリッチメントは、動物の生活に変化をもたらすものですが、急激な変化は動物にとって逆にストレスになることが多いです。だから環境エンリッチメントの工夫も、最初は小さなものからはじめて、反応を確かめながら進めていくことが大切です。

  なるほど、家の引越しみたいな大きな変化は、猫にとってストレスになりますものね。肝に銘じておきます。

20161101 (1).jpg 好きなオモチャに向けた跳躍

落合 もう一つは、「環境エンリッチメント自体にも変化を持たせるべし」です。

人間と同じで、動物もよく「飽きる」ものです。優れた環境エンリッチメントの工夫であっても、同じことを繰り返しているとその変化に慣れてしまって、退屈な日常に逆戻り、ということもよくあります。

だから、ある動物園では、「環境エンリッチメント・スケジュール」を立てて、日替わりや月替わりで環境エンリッチメントのメニューを入れ替えたりしているんですよ。

例えば、月曜は「採食」の環境エンリッチメント、火曜は「社会」、水曜は「認知」みたいにしていくと、一つの工夫を長く楽しんでもらえたりします。

  それはすごく大事ですね。これまで、わが家だと猫がお気に入りのオモチャを毎日使ってしまったり、一種類のオヤツを飽きるまで毎日あげたりしていました。それよりも、色々とバリエーションを持たせてあげた方が猫にとっても良いのですね。

落合 他にも重要なポイントはたくさんありますが、基本的に環境エンリッチメントは「まずはやってみる」ことが重要なので、考えすぎて悩んでしまうよりは、思いついたものを試してみるとよいと思いますよ。

環境エンリッチメントは猫にも人にも嬉しいものなので、ぜひ楽しんで取り組んでくださいね。

  落合さん、本当にありがとうございました。


いかがでしたでしょうか。
環境エンリッチメント。これは知れば知るほど興味深く、魅力的なテーマです。

いつか、「飼い猫(犬)の環境エンリッチメント」がもっと一般的なものになって、色んな人が自分なりの方法で取り組むような時代が来ればよいなと思います。

ちょうど、今、世界中の動物園が取り組んでいるようなことが、それぞれの家庭で行われるようなイメージでしょうか。

そして、それぞれの家庭での環境エンリッチメントの工夫やノウハウに関する情報が、日本中、世界中で共有されて、誰でも真似できるようになったり、その中から画期的な効果測定の方法が発明されたりして、環境エンリッチメントがもっと身近なものになっていく。

そして人と猫が今よりももっとハッピーになっていく。

そんな未来を作っていきたいと、心から思います。

ネコノミスト 北洋祐
※ツイッター始めました。(@kitayooo


ネコノミストの研究室ブログライター紹介

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北 洋祐

京都大学経済学部卒業。三菱UFJリサーチ&コンサルティングの研究員として、中小企業政策、スタートアップ企業政策の研究に従事。一匹の野良猫を保護して飼い始めたことをきっかけに猫派となり、それ以来ライフワークとして動物愛護分野の研究にも勤しむ。2016年からは、人と猫の望ましい関係について考え発信する「ネコノミスト」として活動。現在は元野良猫のシンスケと保護団体から譲り受けたゴマの2匹とともに暮らす。好きな猫マンガは伊藤潤二『よん&むー』

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武井 泉

市立高崎経済大、東京大学大学院卒業。独立行政法人の研究所等を経て2007年より三菱UFJリサーチ&コンサルティングに入社。アジア・アフリカの国際協力事業(農村開発、社会保障等)や、ハラール市場についての業績多数。2015年より、ネコの幸せと人との共生を考える「ネコノミスト」としても活動を開始。現在、5歳の2匹の元保護猫と暮らす。これまで一緒に暮らした猫は40匹以上にのぼる。趣味は、園芸と、海外出張の合間のネコ撮影、ネコグッズの収集。

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